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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)5521号 判決 1977年5月10日

原告

藤沢建設株式会社

右代表者取締役

沢田五郎

右訴訟代理人弁護士

二神俊昭

外三名

被告

並木新之助

外三〇名

右被告人ら訴訟代理人弁護士

宮崎繁樹

外一名

被告

桜井均

右訴訟代理人弁護士

渡辺彰平

外一名

主文

一  被告増田益夫、同伊藤英一、同佐藤隆義、同中塚忠行、同池田修、同斉藤律子、同牧島金男は原告に対し各自金二五六八万七四四六円およびこれに対する昭和四六年一〇月二四日から支払いずみまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二  原告の前項記載の被告らに対するその余の各請求及び同被告らを除くその余の被告らに対する各請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と第一項記載の被告らとの間においては、原告に生じた費用の一〇分の八を同被告らの連帯負担、その余を各自の負担とし、原告と同被告らを除くその余の被告らとの間においては、全部原告の負担とする。

四  この判決は第一項の金員のうち金一〇〇〇万円の限度において判決確定前に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告らは原告に対し各自金二六一一万六六九〇円及びこれに対する昭和四六年一〇月二四日から支払いずみまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二、請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一、原告

1  当事者

原告は各種建物の建築請負を業とする会社であり、被告らはいずれも東京都文京区大塚二丁目一帯に居住する住民である。

2  原告の本件道路通行権又は通行の利益

(一) 前同所三三番三八宅地347.70平方メートル(以下「本件(一)土地」という。なお、以下に表示する土地はいずれも前同所に所在する土地であるため、すべて地番のみで表示する。)は、訴外亡石渡吉治(被告石渡千瀬の亡夫)の所有であつたが、昭和二七年九月一〇日訴外中根惣一に、同三五年七月七日訴外井関農機株式会社(以下「井関農機」という。)に順次売却され、更に同四五年五月二八日原告が同訴外会社からこれを買受けてその所有者となつた。

(二) ところで、本件(一)土地はいわゆる袋地であつて、同土地から最寄りの公道に至るためには、三三番の五、一八、一九(以下、右の土地を総称して「本件(二)土地」という。)、同番の一四(以下「本件(三)土地」という。)、同番の二一ないし二三、同番の八等一団の土地(いずれも私有地で、本件(二)土地の所有者は被告石渡千瀬、同(三)土地の所有者は訴外吉田寿恵である。)によつて形成される道路(幅員5.75メートルないし6.10)メートルで、アスフアルト舗道が施されているもの。以下「本件道路」という。)を通行する必要がある。本件(一)土地は右のような位置条件にあるため、本件(二)土地並びに三三番の八の土地には、古く大正六年ころから本件(一)土地を要役地とする通行地役権が設定されており、右通行地役権は前記のような同土地の所有権の移転に随伴し、昭和四五年五月二八日原告が同土地の買受けに伴つて、これを取得したものである。

(三) また、本件(三)土地については、石渡吉治が前記のとおり昭和二七年九月一〇日中根惣一に本件(一)土地を売却するに際し、本件(三)土地(当時は石渡吉治の所有であつた。)につき明示又は黙示の意思表示により本件(一)土地を要役地とする通行地役権を設定したが、右通行地役権は前記のような同土地の所有権の移転に随伴し、原告が同四五年五月二八日同土地の買受けに伴つて、これを取得したものである。

(四) 仮に右(三)の主張が認められないとしても、中根惣一は本件(一)土地の所有権を取得した昭和二七年九月一〇日以降、本件(三)土地につき自己が通行地役権を有するものと信じて、平穏、公然に同土地を通行し、かつ右通行開始時において右のように信ずるについて過失がなかつたところ、同三五年七月七日同人から本件(一)土地の所有権を取得した井関農機も、中根惣一と同様の意思及び態様のもとに本件(三)土地の通行を継続してきたから、井関農機は同三七年九月一〇日の経過をもつて同土地に対する通行地役権を時効により取得したものであり、原告は右通行地役権を本件(一)土地の所有権とともに同訴外会社から取得したものである。

原告は本訴において、井関農機の右時効取得を援用する。

(五) 仮に以上の主張が認められないとしても、本件(一)土地が袋地であることは前記のとおりであるから、原告は同土地の所有権の取得に伴い、最寄りの公道に通ずる本件道路を通行し得る権利(囲繞地通行権)を取得したものであるところ、近時における自動車保有の普及度は著しく高まつていること(現に、本件道路周辺に居住する住民の多数が自動車を保有し、同道路をその通行の用に供している。)、同道路は大正年間から周辺住民の通行に供されてきたものであつて、同道路を形成する各土地の所有権は囲繞地通行権者がこれを自由に通行しても何らの不利益を被らないことに鑑みれば、右通行権の範囲は同道路の全幅に及ぶというべきである。

(六) 仮に右(五)の主張が認められないとしても、本件道路は昭和二五年建築基準法施行と同時に同法四二条一項三号の指定道路になつたものであるところ、右のような道路については、建築規制の面から敷地と道路の関係につき条例で制限を設けたり、道路の変更又は廃止につき制限することができるなど、私権の自由な行使に規制が加えられている点からみると、所有者がその所有地を事実上一般公衆の自由な通行の用に供している単純な私道ではなく、公物たる道路に近い性格をもつた道路というべきであるから、原告は本件通路をその所有者又は管理者の特別の許可を要することなく自由に通行できる利益を有するというべきである。

3  被告らの妨害行為

ところで、原告が本件(一)土地を買受けた動機は、同土地上に六階建の分譲マンシヨン(茗荷谷ローヤルコーポ。以下「本件予定建物」という。)を建築することにあつたから、原告は右買受後直ちに同建物につき建築確認を得(昭和四五年六月二三日)、同年七月ころから同建物の建築工事(以下「本件工事」という。)に着手すべく準備を整えた。しかるに、原告が本件(一)土地の整地に着手するや、被告らは、原告が本件工事を施工すれば、被告らの生活環境が破壊されるなどと称して、同工事の施工を阻止する住民運動の展開を企図し、前同月ころ被告らを構成員とする「藤沢コーポ建設反対同盟」(以下「本同盟」という。)が結成されるに至つた。そして、以降本同盟に結集した被告らは、共同して原告の本件工事の施工をさまざまな手段で妨害し、ついに原告をして同工事の施工を断念することを余儀なくさせたが、これに至る経緯は次のとおりであつた。

(一) 被告らは昭和四五年七月ころ、本件道路上に数日間にわたつて、その一部の者が所有する自動車数台を並べて放置し(以下「本件(一)妨害行為」という。)、これに続いて同道路(本件(二)及び(三)土地の一部)の中央のに高さ1.39メートルないし1.94メートル、直径6.00センチメートルの鉄パイプ九本を別紙図面記載のように打設し、これらを鉄鎖で連結して同道路の通行を妨害した(以下「本件(二)妨害行為」という。)、これらの行為により原告は本件(一)土地内に工事用資材を搬入することが不可能になり、本件工事の施工を中断するの止むなきに至つた。

(二) そこで、原告は昭和四五年七月二四日本件(二)及び(三)土地の当時の所有者であつた被告石渡千瀬を債務者として、当庁に対し右各土地上の前記鉄パイプの撤去、通行妨害禁止等を趣旨とする仮処分を申請し(同年(ヨ)第六〇九一号)、その後同年一二月一五日改めて被告らを債務者として右同旨の仮処分を申請した(同年(ヨ)第九五二一号)。右各仮処分事件の審尋手続において、原告は裁判所の勧告を受けて被告らとの間に紛争解決のための話合いを入るとともに、右手続外においても被告らとの間に交渉の機会を持ち、誠意を以て被告らの要求に耳を傾け、これに応ずるべく努力を重ね、最終的には営利企業としての採算性は度外視して、本件予定建物を六階建から四階建に設計変更するとの譲歩案を提示したが、被告らはその受諾を拒否し、あくまで本件工事の施工を阻止する態度を変えようとしなかつた。

(三) かくして、原告、被告ら間の紛争解決のための交渉は不調に終り、当庁は昭和四六年四月一五日原告を債権者、被告らを債務者として本件道路の通行の妨害を禁止する旨の仮処分決定をした。しかるに、被告らは右決定を無視して、本件道路の公道からの入口部分に高さ1.67メートルの鳥居型鉄パイプを設置し(以下「本件(三)妨害行為」という。)、原告の工事資材運搬車の通行を不可能にした。

(四) 右のような被告らの度重なる物理的手段を用いた妨害行為により、原告は昭和四六年四月ころ止むなく本件工事の施工を断念し、本件(一)土地を他に売却した。

4  被告らの責任原因

(一) 被告らの前記各妨害行為への具体的な関与の方法、程度は以下のとおりである。

(1) 被告伊藤英一、同石渡千瀬、同増田益夫

本件(一)ないし(三)妨害行為の共謀及びその実行(なお、被告石渡千瀬の右行為は、同被告がその息子である訴外石渡俊男と共謀のうえ又は同人を教唆して、同人をして実行行為をなさしめたものである。)。

(2) 被告牧島金男

本件(ニ)及び(三)妨害行為の実行。

(3) 被告池田修

本件(一)ないし(三)妨害行為の共謀及び実行。

(4) 被告佐藤隆義

本件(一)及び(二)妨害行為の共謀及び本件(一)及び(三)妨害行為の実行。

(5) 被告中家忠行

本件(一)及び(二)妨害行為の共謀及び本件(一)妨害行為の実行。

(6) 右被告らを除くその余の被告ら

右被告らを側面から支援し、右各行為の実行を容易にしてこれを幇助した。

(二) 前記のとおり、原告は本件道路につき通行地役権、若しくは囲繞地通行権又は自由通行の利益を有していたところ、被告らの本件(一)ないし(三)妨害行為により右権利又は利益、ひいては本件土地の所有権を侵害され、本件工事の施工が事実上不可能となつたものである。しかして、右各妨害行為は、前記のような目的を一にする被告らの各行為が相関連共同して惹起されたもので、全体として一個の不法行為を構成するから、被告らは民法七〇九条、七一九条に基づき原告が本件工事の施工が不可能になつたことにより被つた損害を連帯して賠償すべき責を負う。

5  損害

(一) 土地購入経費、建築及び販売準備費 金一三一〇万六六九〇円

原告は本件(一)土地の購入、本件工事の施工及び本件予定建物の販売の準備のため、以下のような費用を支出したが、本件工事の施工中止及び同土地の売却により右費用はいずれも空に帰したから、原告はこれと同額の損害を被つた(以下( )内は支払先及び支払年月日である。)。

(1) 本件予定建物(六階建)の設計料、構造計算料 金一二〇万円(訴外上原政起。昭和四五年六月二六日)

(2) 図面作成費 金一万八〇〇〇円(訴外佐藤設計事務所。同年八月二〇日)

(3) 本件(一)土地上に存した旧建物の解体工事費 金一四万円(訴外加賀沢建設株式会社。同年七月一〇日)

(4) 本件(一)土地の整地工事費 金七万八〇〇〇円(訴外徳栄建設株式会社。同年同月二九日)

(5) 本件(一)土地の地盤調査費 金六万二〇〇〇円(訴外株式会社基礎構造コンサルタント。同年八月一〇日)

(6) 本件予定建物の躯体工事手付金 金二〇〇万円(訴外株式会社朝妻主体工事。同年六月二四日)

(7) 本件予定建物の水道工事手付金 金二二〇万円(訴外株式会社三栄工業。同年七月一〇日

(8) 本件予定建物を六階から四階に設計変更するに伴う設計料 金六〇万円(上原政起。同四六年四月二八)

(9) (8)の設計変更に伴う構造計算料 金八万七〇〇〇円(訴外花輪恒吉。同年四月二九日)

(10) 本件予定建物分譲のための販売広告費 金一六〇万〇八一〇円(訴外読売広告株式会社ほか。同四五年七月二日から同年九月二〇日まで)

(11) 本件(一)土地購入資金として訴外東京信用組合から借入れた金四〇〇〇〇万に対する昭和四五年六月一八日から同四六年五月三一日まで年九分の割合による支払利息 金三四三万一二八〇円

(12) 本件(一)土地の購入に際して不動産仲介業者に支払つた仲介手数料及び司法書士に支払つた所有権移転登記等手続の手数料並びに登録免許税 金一六八万九六〇〇円(うち仲介手数料は金一〇二万円で、同四五年五月三〇日、同年六月二二日の二回にわたり訴外福や不動産部に支払われ、登録免許税、司法書士(津田高鋪)の手数料は金六六万九六〇〇円で前同日支払われた。)

(二) 逸失利益 金一〇六六万円

原告が本件予定建物(六階建)を完成し、その全戸及び本件(一)土地の共有持分権を他に譲渡したとすれば、その売上高は少くとも金一億一八〇九万円に達する見込みであつたから、原告は右金額から原告が支出すべき本件工事の施工及び本件予定建物の販売に要する費用金六九七三万円(内訳建築資金五一六六万円、販売費用金六二六万円、金利及び一般管理資金一一八一万円)並びに同土地の購入代金三七七〇万円(仲介手数料、司法書士手数料、登記免許税等を含む)を控除した残額金一〇六六万円の得べかりし利益を喪失した。

(三) 土地売買差損 金二〇〇万円

原告は井関農機から本件(一)土地を代金三四〇〇万円で購入したが、前記のとおり原告の本件(一)土地買受けの動機は、同土地上に本件予定建物を建築することにあつたから、本件工事の施工が不可能になつた以上、原告が同土地を所有していることは無益になつた。そこで、原告は昭和四六年七月ころ同土地を訴外脇坂勝弘に売却したが、その売却代金は金三二〇〇万円であつたから、原告は右購入代金との差額金二〇〇万円の損害を被つた。

(四) 本件予定建物の分譲解約による損害 金三五万円

原告は本件予定建物の完成を見込んで、その一部につき訴外新田正との間に分譲契約を締結したが、本件工事の施工を断念したことから、昭和四六年四月三〇日同人との右契約を合意解除し、違約金として金三五万円を同人に支払つたことにより、右同額の損害を被つた。

6  よつて、原告は被告らに対し、不法行為による損害賠償として各自金二六一一万六六九〇円及びこれに対する不法行為の後である昭和四六年一〇月二四日から支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、請求原因に対する認否

(被告桜井均を除くその余の被告ら)

1 請求原因1の事実は認める。

2(一) 同2の(一)の事実は認める。

(二) 同2(二)の事実のうち、本件(三)土地に通行地役権が設定されていたこと、原告が同土地及び同(二)土地の通行地役権を承継取得したことは否認するが、その余は認める。

本件(二)土地には原告主張のとおり、大正六年ころから本件(一)土地を要役地とする通行地役権が設定されていたが、右通行地役権は石渡吉治が昭和六年六月二四日右両土地を含むその周辺の土地約八〇〇坪を一括して買受け、その所有権を取得したため、混同により消滅したものである。

(三) 同2(三)の事実は否認する。

(四) 同2(四)の事実のうち、中根惣一及び井関農機が本件(三)土地を通行の用に供していたことは認めるが、その余は否認する。

(五) 同2(五)の主張は争う。原告の囲繞地通行権の範囲は本件道路の幅員全部に及ぶものではなく、その一部に限定されるものと解すべきである。

(六) 同2(六)の事実のうち、本件道路が建築基準法の施工と同時に、同法にいう指定道路となつたことは認める。

3 同3冒頭の事実のうち、原告が整地工事に着手したこと、被告らの一部を含む周辺住民ら(以下「本件住民」という。)を構成員とする本同盟が結成されたことは認める。

(一) 同3(一)の事実のうち、被告らの一部の者が本件道路上に自動車数台を並べて放置し、更に同道路に原告主張のような鉄パイプを打設したことは認めるが、右鉄パイプの打設及びこれにより原告の本件(一)土地内への資材搬入が不可能になつたとの点は否認する。

(二) 同3(二)の事実うち、原告が二回にわたつてその主張のような仮処分を申請したこと、右各仮処分手続及び右手続外において、原告と被告らの一部の者との間に紛争解決のための話合いの機会が持たれたこと、その際原告が本件予定建物を六階から四階建に設計変更する旨の提案をしたことは認める。

(三) 同3(三)の事実のうち、原告主張のような仮処分決定がなされたこと、被告ら一部の者が鳥居型鉄パイプを設置したことは認めるがその余は否認する。

(四) 同3(四)の事実のうち、原告が本件工事の施工を中止したことは認めるが、それが原告主張の妨害行為によるものであることは否認する。

本件(二)及び(三)妨害行為によつても、原告が本件工事を施工することは物理的に可能であつたのであり(この点は後記のとおり)、それにも拘らず原告が同工事の施工を中止したのは、単に本件予定建物の建築が採算に合わなかつたからにすぎない。

4(一) 同4(一)の事実のうち、被告石渡千瀬が石渡俊男と共謀のうえ又は同人を教唆して同人をして原告主張のような行為を実行せしめたことは否認する。

(二) 同4(二)の主張は争う。

5 同5の損害額算定の基礎となる事実は不知。

(被告桜井均)

原告の請求原因事実は全部不知。但し、被告桜井均が原告主張の場所周辺に居住していることは認め、同被告が請求原因4(一)(6)のような幇助行為をしたことは否認する。

被告桜井均は、昭和四五年七月ころ近隣に居住する者から、原告の本件工事の施工に伴う本件道路の安全確保及び本件(一)土地周辺住民の日照権侵害防止のため原告と交渉する必要があるので、署名して欲しい旨求められ、これを承諾したことがあるにすぎず、本件(一)ないし(三)妨害行為は同被告の何ら関知しないところである。

三、被告らの主張

1  本件(一)土地周辺は最寄りの公道からやや奥に入つた、木造二階建程度の住宅が立ち並ぶ閑静な住宅街で、本件住民らは従来好適な生活環境を享受し、かつ、戦時中には相協力して空襲下に住家を守つてきたことなどから、地域共同体意識のもとに結ばれ、秩序ある社会生活を営んできた。

このような場所的条件にある本件(一)土地上に本件予定建物(六階建三二戸)が建築されるとすれば、本件住民らの生活環境に対して次のような影響を与えることが客観的に予測された。

(一) 本件工事施工による影響

(1) 本件道路を重量物を積載した工事用自動車が頻繁に出入し、また、それが搬入する資材は同道路に放置することにより、他の人車の通行に支障が生ずるのはもとより、同道路の舗装の破損、路肩の崩壊、地下に埋設されている水道管、ガス管の破損等の事態を招く。

(2) 本件(一)土地の北側の塀及び崖が崩壊し、周辺住家を損傷する。

(3) 受忍限度を超える騒音、震動が長期に亘つて発生する。

(二) 本件予定建物による影響

(1) 本件(一)土地の北側に続く一帯の土地上に建物を所有している住民ら(六世帯)の日照権が著しく侵害される。

(2) 本件予定建物の居住者及びその関係者が本件道路を駐車場代りに使用することにより、他の人車の通行の妨害となる。

(3) 本件予定建物に大量の水、ガスを供給することになるため、近隣各戸に対する水、ガスの供給不足を生ずる。

(4) 万一の地震、水災等の場合は本件予定建物周辺に収拾し難い混乱が生ずる。

2  しかるに、原告は前記のような本件住民らの生活環境及び地域共同体意識に対し何らの配慮も払うことなく、詐術さえ用いて本件工事の施工を強行しようとした。すなわち、原告会社従業員は本件(一)土地買受けの直後、当時本件(二)及び(三)土地の所有者であつた被告石渡千瀬のもとを訪れ、本件予定建物を建築する意図を秘匿して同被告に対し、本件(一)土地上に原告会社社長の個人住宅を建築することになつたので、本件道路における上下水道、ガス管工事施工の承諾書に署名して欲しい旨虚偽の事実を告げ、右申出を真実と誤信した同被告をして右承諾書に署名、押印させた。しかるに、その後本件住民らの一部の者が文京区役所に問い合わせたところ、原告が本件(一)土地上に建築を企図している建物は六階建の本件予定建物であることが判明し、更に、原告が同区役所に申請した建築確認によれば、同建物の間取りは全戸一DKにされているにも拘らず、原告が作成した同建物の分譲用カタログ、新聞広告等にはその間取りが二DKと表示されており、原告の違法建築又は不当宣伝の疑いがあることが明らかになつたことから、本件住民らの原告に対する不信感が高まつた。加えて、昭和四五年六月下旬の日曜日の早朝、原告は本件住民らに事前の挨拶も一片の断わりもなく、轟音をとどろかせて本件(一)土地にブルドーザーを乗りつけ、右住民らを驚がくさせたが、その際右ブルドーザーの通行によつて本件道路面は著しく損傷された。

3  そこで、本件住民らは、右のような原告の欺罔的かつ強引な本件工事の遂行に対抗し、その生活環境を守るため本同盟の名のもとに同工事の施工に反対する運動を展開することとなつた(もつとも、本同盟はその運営方法を定める規約もなく、その構成員すら不明確で、およそ団体としての実体を有しない、自然発生的集団にすぎない。)。そして、本件住民らのうちの数名は、昭和四五年六月下旬ころとりあえず原告の工事用自動車の本件道路の通行を阻止し、同道路の破壊及びこれによるガス、水道管の破裂等の危険を防止するため、それぞれが所有する自動車を同道路上に並べたが、数日後右自動車を全部撤去し、改めて原告主張のような鉄パイプを同道路に打設した。しかしながら、右鉄パイプの設置によつて本件道路の通行が不可能になつた訳ではなく、大型乗用自動車の通行すら可能であつたのである。

4  しかるところ、原告は昭和四五年七月二四日被告石渡千瀬を債務者として当庁に対し本件道路の通行妨害禁止等を求める仮処分を申請し、これを契機として原告と本件住民らとの間に訴訟上及び訴訟外で和解交渉が持たれるに至つた。本件住民らは右交渉において原告に対し、本件工事の施工に伴つて生起することが予想される各種の生活妨害(その内容は前記のとおり。)についての懸念を表明し、とくに、本件予定建物により日照権の侵害が予測される一部住民らに対しては相当の補償をなすべき旨を求めたが、原告からは何ら実効性ある具体的対策についての回答が得られず、また、日照権侵害に対する補償額の提示もなかつたこと、前記のような本件住民らの原告に対する根強い不信が残つていたことなどから、右交渉は遅々として進展しなかつた。

5  かくするうちに、原告代表者は昭和四五年一一月一三日本件住民らの一部との交渉の際、本件工事の施工を断念する旨言明するとともに、そのころ原告従業員が、前記仮処分事件の債務者たる被告石渡千瀬の代理人平田久雄弁護士に対し、本件(一)土地を他に転売する意向を示し、右転売にあたつて支障となる前記鉄パイプを撤去して欲しい旨申入れたので、同人はその実現を約し、結局そのころ右鉄パイプは撤去された。しかしながら、原告はその後態度を翻し、改めて昭和四五年一二月一五日当庁に対し被告らを債務者として前記と同趣旨の仮処分を申請するに至つたことから、本件住民らの原告に対する不信感は一層強まつた。そして、右仮処分手続において再度原告と本件住民らとの間に交渉が持たれ、右住民らは、本件(一)土地を住民有志が買取る旨の解決案を提示するほか、右提案が受諾されない場合は、本件予定建物を三階建に設計変更し、かつ駐車場を付設すること、日照権を侵害されることが予測される住民らに相当額の補償をすること等を求めたが、原告はこれらをいずれも一蹴し、本件予定建物を六階建から四階建に設計変更すると主張するのみであつたため、結局右交渉は不調に終り、当庁は昭和四六年四月一五日被告らを債務者として本件(二)土地外一筆の土地につき通行の妨害を禁止する旨の仮処分決定をした。

6  その後、本件住民らの一部の者は、本件道路に原告主張のような鳥居型鉄パイプを打設したが、その設置位置は右仮処分決定で指定された土地の範囲外にあり、かつ、その態様、形状は中型工事用自動車の通行が十分可能なものであつた。

7  以上のとおり、原告主張にかかる本件(一)ないし(三)妨害行為は、本件住民らの平穏な生活環境の保護を一顧だにせず、自己の営利目的のため、欺罔的手段を用いてまで違法建築を強行しようとした原告の行為に対し、自らその生活権益を守ろうとする本件住民らの一部(右住民らの大多数は右各妨害行為に全く関与していない。)が止むを得ず講じた対抗措置であり、かつ、その性質、程度、態様は原告の本件工事の施工を不能ならしめるものではなく手段において相当であつたから、右住民らの行為は正当防衛に該り違法性が阻却されるというべきである。

また、仮に右主張が認められないとしても、前記のような諸事情に鑑みれば、原告が本件工事を中止したことによる損害の賠償を本件住民らに対して求めるのは、信義則若しくは公序良俗に違反し、かつ、権利の濫用に該るというべきである。

四、被告らの主張に対する認否

1  被告らの主張1の事実のうち、本件工事の施工、本件予定建物によりその主張のような影響が生ずることが予測されたとの点は否認する。

但し、本件工事の施工に伴う震動、騒音の発生、本件予定建物による北側隣家への日照の影響はそれぞれ予測されるところであつたが、いずれも社会生活上の受忍限度を超えない程度のものであつた。

2  同2の事実のうち、本件予定建物の間取りについて建築確認申請に表示されたところと、同建物の分譲用パンフレツトに表示されたそれとの間に若干の相違があつたこと、原告がその主張の日時ころ本件(一)土地にブルドーザーを乗り入れたことは認めるが、その余は否認する。

被告ら主張の日時ころ、被告石渡千瀬のもとを訪れて、その主張のような承諾書に署名を求めたのは、本件(一)土地の(原告への)売主である井関農機の従業員であつて(右承諾を得ることが、原告と同訴外会社の売買契約の条件であつた。)、原告会社の従業員ではない。また、原告会社の営業担当者は、本件土地の整地工事に先立つて、同土地周辺の住家のうちの約半数を訪問し、本件工事の施工に着手する旨の挨拶をしており、原告の同土地へのブルドーザー乗り入れは唐突になされた訳ではない。

3  同4の事実のうち、原告が本件住民らとの交渉の過程において右住民らの表明した懸念に対し、何ら実効性のある具体的な対策を回答しなかつたとの点は否認する。

原告は本件住民らが提起した問題に対し次のように回答している。

(一) 本件工事施工に伴う影響について

(1) 本件道路が工事用自動車の通行によつて破損しないよう、必要止むを得ない場合を除き小型車を使用して資材運搬を行うほか、原告の費用で同道路全面に厚さ約五センチメートルの再舗装を施し、万一の危険に対処する。また、本件(一)土地内には資材置場に使用する十分なスペースがあるので、本件道路に工事用資材を放置するようなことはない。

(2) 本件(一)土地の北側の塀及び崖が崩壊する虞れはないが、万一に備えて、本件予定建物の建築位置を同土地とその北側隣接地との境界線から1.08メートル南へ後退させるとともに、杭打方法にも工夫をこらし、基礎工事については変芯基礎を採用する。

(3) 騒音、震動については、早朝、夜間の時間帯における工事は一切行わず、原告の工事監督責任者を常駐させて下請業者に対する監督指示を徹底させるほか、無震動工法を採用して被害の発生を最小限にとどめる。

(二) 本件予定建物による影響について

(1) 予想される日照権侵害(及び騒音、震動による損害)に対する補償のため、金一〇〇万円を本件住民らの代表者に寄託する。

(2) 本件予定建物への入居者が本件道路に自動車を駐車しないよう同建物の分譲契約書に明記するほか、入居者で組織する自治会を通じて厳しく規制する。

(3) 本件予定建物への水、ガスの供給は本管から専用管を引込むため、近隣住宅への影響は全くない。

また、前記被告らの主張4の事実のうち、被告ら主張の交渉の過程で、原告が日照被害が予想される一部住民らに対し具体的な補償額を提示しなかつたことは認めるが、これは右住民ら(代表者は被告牧島金男)が一貫して木造二階建住宅以上の高層住宅の建築には反対するとの主張を固執し、金銭補償の話し合いに応ずることを拒否したためである。

4  同5の事実のうち、原告代表者がその主張の日時ころ本件住民らの一部に対し、本件工事の施工を断念する旨言明したこと、原告従業員が平田久雄弁護士に対し、本件(一)土地を転売することを理由に鉄パイプの撤去を申し入れたことは否認する。但し、原告会社業務部長野原千秋は昭和四五年一一月二三日ころ平田久雄弁護士に対し、原告は本件工事の施工を一時中断し、本件(一)土地を他に転売する方途を検討したいので、とりあえず鉄パイプを撤去して欲しい旨申入れたことはあるが、同弁護士は本件住民らに右申入れを伝言することを約しただけで、その後何らの回答も得られなかつたのである。

なお、原告が被告らを債務者として改めて仮処分申請をしたことは前記原告主張のとおりであるが、これは、何回にも及ぶ本件住民らとの交渉及び前記のような平田久雄弁護士との交渉によつても右住民らが強硬姿勢を崩さず、打開策を見出すのが困難であると判断されたこと、更には、右住民らが原告の話し合いの申出を無視する態度を示したことなどから、止むなく踏み切つたものである。

また、前記被告らの主張5の事実のうち、被告らを債務者とする仮処分申請手続において、被告らとの間に話し合いの機会が持たれ、その際被告らからその主張のような提案が出されたこと、原告が右提案のうち、本件住民ら有志が本件(一)土地を買取るとの案及び本件予定建物を三階建に設計変更し、かつ、駐車場を付設するとの案を受諾しなかつたことは認めるが、原告が日照被害が予想される住民への補償要求を一蹴したことは否認する。

右提案における本件住民ら有志の本件(一)土地の買受申込み価格は金二九四〇万円で、原告の井関農機からの取得価格金三四〇〇万円を大幅に下廻るものであり、また、本件予定建物を三階建に設計変更し、駐車場を付設することは、原告に甚大な営業損失を強いるばかりか、同土地の敷地面積の制約という面からもその実現が困難であつて、到底原告が受諾できる内容の提案ではなかつたのである。一方、日照被害が予想される住民ら六名に対しては、原告は個別に、当時としては相当な補償額(裁判例上適正と認められていた額)を提示したが、右住民らはいずれもこれを拒否したのである。

なお、右交渉において原告が示した本件予定建物の設計変更案(六階建から四階建へ。)は、原告としては譲歩しうる最大限の解決案で、右設計変更どおりの工事が施工されれば、六階建建築の場合に比して工期が大幅に短縮されること、工事用資材運搬のために大型自動車を使用する必要がなくなること、基礎杭打工事を省略できることなどから、本件住民らの前記のような懸念はほとんど解消されるものであつたが、右住民らは右提案をも受諾しなかつたのである。

5  同7前段の主張は争う。本件(一)ないし(三)妨害行為は被告らが本件(一)土地周辺に低中所得者層向マンシヨンが建築されることを嫌悪するという自己本位的な動機から、受忍限度を超えない軽度な損害しか予想されないのに、いわば反対のための反対運動としてなされたもので、その手段において悪質であり、到底正当な行為とはいえない。

同7後段の主張は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一書証の成立について<省略>

1  東京都文京区大塚二丁目一帯は、その区域の主要部分がお茶の水女子大学をはじめとする文教施設によつて占めらそれ、その余の部分が低層住家の立並ぶ住宅街を形成するという環境にある。本件(一)土地及びその周辺地域は、右住宅街の一角に位置し、都市計画法上の住居地域、準防火地域の用途指定を受け、かつ、客積率制限三〇〇パーセントとされている。そして、本件(一)土地周辺は、文京区内を縦横に走る不忍通り、春日通りなどの斡線道路からも多少の距離を置き、樹木の緑にも恵まれて住居地域にふさわしいいただずまいを見せ、被告らを含む同土地周辺の住民らは、これまでおおむね恵まれた生活環境のもとに居住してきた。

2  別紙添付図面にみるとおり、本件(一)土地は東西に長いほぼ矩形の地形をなし、その四周を他人の所有地に囲繞されるいわゆる袋地であるところ、同土地の西辺を除くその余の三辺に接する各土地はいずれも他人の住家の敷地であつて、右各敷地を経て公道に至る道路は開設されていないが、右西辺に接する三三番の五の土地は、その周辺の同番の一八、一四、二一、一九、二二、二三、八、一二三番の一、六等の一団の土地(いずれも私有地)とともに、幅員約5.0メートルないし6.0メートルのアスフアルト舗装が施された道路(本件道路)を形成している。本件道路は、本件(一)土地付近においては北方向にゆるやかに傾斜し、同土地の西北端付近で西方向にほぼ直角に折れてからやや急角度の勾配の傾斜面(以下「本件傾斜面」という。)をなし、右傾斜面を降り切つた辺りで更に直角に北方向に折れ、幅員約6.0メートルの公道(以下「本件公道」という。)に接続している。一方、本件道路は本件(一)土地付近から南に進むと、三六番の一ほか数筆の私有地によつて形成される幅員約5.0メートルの道路(以下「本件隣接道路」という。なお、右道路もアスフアルト舗装が施されている。)に接続するところ、右道路はほどなく東方向に直角に折れ、そこから約三〇メートル進んだ地点で行き止まりとなつている。

右のように、本件公道から続く本件道路及び本件隣接道路は一体となつて袋小路を成しているが、前者は、遅くとも大正六年ころには開設され、昭和二五年五月二四日建築基準法(法律二〇一号)施行と同時に、同法四二条一項三号の既存道路となつたもの、後者は同二七年七月八日東京都知事から前同条同項五号の道路位置指定を受けたもので、後記のとおり原告が本件工事に着手した同四五年六月ころまでは、いずれもその周辺住民(本件(一)土地の所有者を含む)及び一般人の自由な通行の用に供されてきた。

3  原告は分譲マンシヨンの建築、販売を主たる事業目的とする会社で、かねてから東京都内を中心に、比較的低価格の分譲マンシヨンの建築、販売を多数手がけてきたが、昭和四六年ころ本件(一)土地上に「茗荷谷ローヤルコーポ」と称する右同種のマンシヨン(六階建三二戸。本件予定建物。)を建築することを企画し、訴外東京信用組合から同土地の購入資金として金四〇〇〇万円を借受けたうえ、同年六月二二日当時の同土地の所有者井関農機から代金三四〇〇万円でこれを買受けた。一方、原告は本件(一)土地の取得に先立つて、本件予定建物の設計、構造計算、資材の調達、工事請負業者との契約締結等同建物建築工事(本件工事)実施の準備にとりかかるとともに、文京区役所に対して同建物の建築確認を申請し、同年六月二三日その確認を得た。本件予定建物は、当初計画においては、鉄筋コンクリート造六階建三二戸、最高の高さは16.75メートル、その敷地面積349.680平方メートルに対する建築面積は184.815平方メートル(建ぺい率五三パーセント)、延べ面積は975.855平方メートル(容積率二八〇パーセント)で、所要工期は約五か月半であつた。

ところで、原告が本件(一)土地に本件予定建物を建築するにあたつては、本件道路の一部を掘削して同建物用の上下水道管、ガス管を敷設する必要があつたが、原告は右工事の施工をめぐつて同道路の所有者らとの間に紛争の発生するのを未然に防止するため、本件(一)土地の売買契約締結に際し、井関農機に対して、同道路の主要部分を形成する各土地の所有者である被告石渡千瀬から、同道路の掘削につき書面による承諾を得て欲しい旨要求した。右要求を受けた井関農機では、担当者の訴外仙波賢三が昭和四五年六月二二日被告石渡千瀬方を訪れ、同被告に対し、同訴外会社が本件(一)土地をその地上建物(木造二階建のもの)とともに他に売却することになつたこと、右買主は右建物を改築する予定であるが、右改築に伴う水道、ガス工事のため本件道路を掘削する必要があること等を告げ(但し、右買主が原告であることは明らかにしなかつた。なお、仙波賢三は右当時、原告が本件(一)土地上に本件予定建物の建設を計画していることを知らなかつた。)、右掘削工事の施工につき承諾を求めたところ、右工事により本件道路を利用する自動車の通行の障害を生じないよう配慮することを条件に右申入れを快諾し、同訴外人が予め作成、持参した「承諾書」と題する書面に署名、捺印した。また、原告は本件工事の着工に先立つて、営業部員を派遣して本件(一)土地周辺の住民を戸別に訪問させ、同工事開始の挨拶をするとともに、これに伴う騒音、震動につき事前の了解を得ようと考え、同土地の北側に位置する住家から逐次これを実施したが、右戸別訪問のごく一部が完了した時点で原告が同工事の第一段階である整地工事に着手したため、本件住民らの多くは右工事の開始まで、原告が同土地上に本件予定建物を建設する計画を有していることを了知していなかつた。

4  しかるに、原告は昭和四五年六月末ころ本件土地上の旧建物を取毀した後、訴外徳栄建設株式会社に本件(一)土地の整地工事を請負わせたところ、同訴外会社の従業員は同月末の日曜日の早朝七時ないし八時ころ、本件道路を経由して同土地にブルドーザーを乗り入れ同土地の整地工事を施工したが、その際、本件傾斜面には右ブルドーザーのキヤタビラの痕跡が縞状に刻されたうえ、右工事に伴うすさまじい轟音と震動は本件住民らの一部を驚がくさせ、うち一〇数名が戸外に飛び出し、同土地付近に集まつてきたほどであつた。前記のとおり、本件住民らのうち大多数は事前に本件予定建物の建設計画を了知していなかつたが、前同日右のようにして本件(一)土地付近に集まつてきた住民らの間に原告の右建設計画実施に関する情報が流布され、また、右群衆の一人であつた被告石渡千瀬の二男石渡俊男から、過日原告会社の従業員が、同社の社長の住宅を同土地上に建築すると偽つて、同被告をして本件道路の掘削工事承諾書に署名せしめた旨の情報がもたらされた。かくして、右一〇数名の住民らの間に、原告は欺罔手段を弄したり、近隣への一言の挨拶もなしに大規模な工事を強行する会社であるとの不信感が醸成される一方、本件予定建物は低所得者層向けマンシヨンであると考えられ、かつ、かかる建物は本件一土地付近の環境にそぐわないとする意見が大勢を占め、同建物の建設に反対する気運が一気に高まつた、加えて、本件傾斜面に前記ブルドーザーのキヤタビラの痕跡が生々しく刻された事実は、右住民らの間に向後本件工事が進行し、工事用自動車が頻繁に本件道路を往来するような事態に至つた場合には、その地中に埋設されているガス管の破損を招き、ひいては人身事故発生の危険にもつながるとの不安を惹起させたことから、右住民らは、とりあえず原告の本件工事の施工を物理的手段を用いて阻止し、そのうえで原告との話し合いの機会をもつて本件予定建物の設計変更を求めることで衆議が一決した。そして、その具体的方法として、まず本件住民らが保有している普通乗用車を本件傾斜面に並べて放置し、原告の工事用自動車の進入を阻止することが考案され、その結果、前同日石渡俊男、被告伊藤英一、同増田益夫、同中家忠行、同佐藤隆義、同池田修の六名がそれぞれの所有する自動車各一台を本件傾斜面に二列に放置し、本件道路閉鎖した(本件(一)妨害行為。但し、被告池田修は同被告の所有する自動車の先端をその車庫から本不傾斜面に突き出して放置した。)。右自動車による本件道路の閉鎖は一週間ないし一〇日間継続された(但し、被告中家忠行は二日間で自己の自動車を撤去した。)が、この間石渡俊男、被告伊藤英一が中心となつて建設反対運動推進に関する法律問題について弁護士平田久雄に助言を求めるとともに、右反対運動展開の方策を検討する住民有志の会合が被告石渡千瀬宅で開かれ、原告の本件工事の施工に反対する本件住民らのグループを「藤沢コーポ建設反対同盟」(本同盟)と称することを決定し、自動車の放置に代る、より永続的な本件道路の通行遮断措置として本件傾斜面に鉄パイプを打設し、大型工事用自動車の進入を阻止することにした。右会合には、石渡俊男、被告藤英一、同増田益夫、同佐藤隆義、同牧伊島金男、同中家忠行、同池田修、同斉藤律子を含む本件住民らのうち一二、三名が出席し、その協議の結果石鉄パイプ設置に要する費用は石渡俊男が一時出損し右工事の実施は、被告佐藤隆義がその経営する訴外道路開発株式会社(以下「道路開発「という。)の従業員に命じてこれを担当させることになつた。そして、前記自動車の撤去後、直ちに被告佐藤隆義の命を受けた道路開発の従業員が、石渡俊男、被告増田益夫、同伊藤英一、同牧島金男、同池田修らの指示を得て、本件傾斜面のほぼ中央部分に東西方向に八本の鉄パイプ(直径六センチメートル、長さ1.39メートルないし1.94メートルのもの。)を約二メートルの等間隔を置いて打設するとともに、右鉄パイプのうち西端のそれの約0.94メートル北側と、東端から二本目のそれの約1.42メートル南側にもこれらと併列に各一本の鉄パイプ(その口径及び長さは前記と同様)を打設し、右一〇本の鉄パイプを鉄鎖で連結した(本件(二)妨害行為。以下、西端の鉄パイプの北側に打設された鉄パイプを「本件中央パイプ」という。なお、本件傾斜面を形成する土地のうち三三番の五、一八、一九の各土地については、登記簿上本件(一)土地を要役地とする通行地役権が設定されている旨の記載があり、原告が同土地の所有権取得とともに通行地役権をも承継取得したものと考えられたため、石渡俊男、被告伊藤英一らは、前記のような鉄パイプの設置の指示にあたつては、公図により三三番の五、一八、一九の各土地のおおよその位置を確認し、右鉄パイプの打設位置が右各土地の範囲にかからないように配慮した。)。このような鉄パイプの打設によつて、本件傾斜面のうち右鉄パイプの柱列の南側は自動車の通行が不能になり、その北側も小型車以外の自動車の通り抜けは不可能となるに至つた。そして、本件中央パイプの上部には、「この道路は私道であり、ガス管等浅く敷設してあつて新規工事は危険につき工事関係人の立入りを禁じます。藤沢コーポ建設反対同盟」と記載された立札(たて0.6メートル、横0.4メートルのもの。)が、また、本件傾斜面東側端部の上空には、右傾斜面を横断して、「斗争中です。ご注意下さい。藤沢コーポ建設反対同盟。本件道路は私道につき藤沢建設並びに関係者の駐車を禁ず。」と記載された看板がそれぞれ設置されたほか、同傾斜面の南縁に沿つて設けられた住家の板べいには、「注意。このガードレールを破損したものは刑法二六一条(器物損壊)により告発する。藤沢コーポ建設反対同盟」と記載された看板がとりつけられた。

なお、本件中央パイプは打設後数日を経ないうちに、平田久雄弁護士からの勧告により、石渡俊男、被告伊藤英一らがこれを撤去し、改めて前記パイプの柱列の最西端に移設したため、右柱列の北側は普通乗用自動車の通行は可能となつたが、少くとも工事用資材運搬用の大型トラツクの乗り入れは、依然として不可能又は著しく困難な状態にあつた。

5  ところで、本件住民らの一部の者が前記のような物理的手段に訴えて原告の本件工事の施工に反対する運動を展開するに至つた理由は、彼らがそれぞれに右工事により自らの生活利益が侵害されると予想したからにほかならないが、これを集約すると以下のとおりである。

(一)  本件工事施工による影響

(1) 本件道路を工事用自動車が頻繁に出入し、また、本件(一)土地には十分な資材置場を確保し得る余地がないため工事用資材が同道路に放置されて交通の渋滞を招くほか、同道路の地中の比較的浅い位置に埋設されているガス管、水道管が破損し人身事故を発生させる。

(2) 本件(一)土地の北縁に沿つて築造されている高さ約1.5メートルのコンクリート塀又は同土地と北側隣接地との間の段差部分が、本件工事とくに基礎工事の際に倒壊又は崩壊して右北側隣接地の住民(被告斉藤律子、同牧島金男)に人的、物的損害を与える。

(3) 本件工事の規模からみて、長期間に亘り周辺住家に激しい震動と騒音の被害をもたらす。

(二)  本件予定建物による影響

(1) 本件(一)土地の北側に続く一帯の土地上に建物を所有している住民ら(一二世帯)の日照権が著しく侵害される。

(2) 本件予定建物には駐車場施設の備えがないため、その居住者らが保有する自動車を本件道路に駐車することになり、他の自動車の通行を阻害する。

(3) 本件予定建物に大量の水、ガスが供給されることになるため周辺各戸に対する水、ガスの供給不足が生ずる。

(4) 本件予定建物に三二世帯もの居住者が一時に入居してくると、閑静な周辺の環境が雑踏と喧噪によつて乱され、また、低所得者層向マンシヨンである本件予定建物の居住者が洗濯物、寝具類等の乾燥にブエランダを利用することにより周囲の美観が損われる。

(5) 本件予定建物は本件(一)土地周辺では最高層の建物になるため、その居住者らによつて私生活を覗見される恐れがあつて不快であり、また、右居住者らが地下に物を投げ捨てたり、過失で落下させることによる人的、物的被害が発生する。

そして、石渡俊男を中心とする本件住民らのうち数名は、前記のような鉄パイプの設置と併行して原告の本件工事施工反対運動を同住民全体の運動として盛り上げることを企画し、趣意書を起案して本件(一)土地周辺の各戸に回覧し、これに対する賛同を求めた。右趣意書の骨子は、本件予定建物が建設された場合、前記のような本件住民らの生活利益の侵害が予想されることを唱つたうえ、本同盟の名のもとに六階建マンシヨンの建設には断固反対し、原告に対し三階建程度のガレージ付高級マンシヨンに設計変更することを要求するというものであつた。右趣意書に対して、被告らの大多数を含む本件住民ら三〇数名が賛意を表する署名をしたが、積極的に反対運動に参画する意図のもとに署名したものは僅少で、そのほとんどは紛争に巻き込まれることを忌避したいという心情を抱きながらも、近所づき合いの気持で署名したものであり、従つて大多数の者が本同盟への明確な帰属意識を有してはいなかつた。

一方、石渡俊男を中心とするグループの右のような動きとは別に、本件(一)土地の北側周辺に居住する被告牧島金男、同斉藤律子らの数名の住民は、本件予定建物が建設された場合、同建物の日影によつて日照の利益が大幅に侵害されるものと考え、被告牧島金男が中心となつて、同建物の建設に断固反対する(三階建程度の建物でも容認しない。)旨の声明文を起草し、昭和四五年七月一五日ころこれを原告会社社長宛に送付するなどの抗議行動に及んだ(以下、便宜上日照権侵害を反対運動の主たる理由とするグループを「日照グループ」、石渡俊男を中心として日照権以外の生活利益の侵害を反対運動の主たる理由とするグループを「環境グループ」という。)。

このように、原告の本件工事の施工計画に対する本件住民らの受け止め方及びその対応の仕方は多様であつて、必ずしも軌を一にするものではなかつたが、大別すれば、三階建程度の高級マンシヨンであれば建築を容認するという環境グループ、日照権が確保されない以上三階建建物をも容認しないとする日照グループ、反対趣意書に署名したのみで反対運動の展開自体には消極的若しくは無関心なグループの三つに分かれ、これら三つのグループの混成体である本同盟は、構成員から会費を徴収することもなく、また、その運営方法を定めた規約も存在しない、団体としての実体を欠く漠然とした存在にすぎなかつた。

6  原告は、前記のとおり本件住民らの一部が本件道路上に自動者数台を駐車させて同道路の通行を遮断した直後、下請業者からの連絡によつて右事実を知り、用地課長野原千秋をして右各自動者の所有者の調査にあたらせるなどしてその対応策に奔走したが、これに引続いて本件傾斜面に前記鉄パイプが打設されるに及んで、同傾斜面を形成する主要地の所有者である被告石渡千瀬に対しこの間の事情の説明を求めたところ、同被告から、右鉄パイプの処理についてはすべてを平田久雄弁護士に委任してある旨の回答があつた。そこで、野原千秋は直ちに弁護士のもとを訪れ右鉄パイプは被告石渡千瀬ではなく本件住民らの一部が共同で設置したものであつて、同被告の一存で撤去することはできないものであつたため、止むなく昭和四五年七月二四日当庁に対し、被告石渡千瀬を債務者として前記鉄パイプの撤去、三三番の五、一八、一九、一四の各土地の通行妨害禁止等を趣旨とする仮処分を申請した。

しかるに、右仮処分手続の第一回審尋期日において、担当裁判官から原告に対し、被告石渡千瀬を含む本同盟の構成員らとの話し合いによる紛争解決の勧告がなされたため、原告はこれに応ずることとし、同被告の代理人平田弁護士を通じて右住民らに対し交渉の機会を持つことを申入れた。かくして、昭和四五年八月一六日本件(一)土地を会場として原告と本件住民らとの間に第一回の会合が開かれ、原告側からは常務の入江歓治及び前記野原千秋の両名が出席したが、右会合に参集した本件住民らのうち約三〇名は、原告会社社長沢田五郎の出席を要求し、実質的な話し合いに入ることを拒否したため、当日の会合は無為に終つた。次いで、前同月二三日同じく本件(一)土地内で第二回目の会合が開かれ、原告側からは社長の沢田五郎が出席した。右会合において本件住民らの側から、前記5記載のような理由を挙げて本件予定建物の建設に反対する意見が多数出され、原告側との間に質疑応答が交された。そして、右会合は、本件住民ら側がそこで表明された質問、要望事項を一週間以内に文書にまとめて原告に送付すること、原告はこれに対して同じく文書で回答することを約して散会した。

7  右のように本件傾斜面に鉄パイプが設置され、その撤去をめぐつて原告と本件住民らとの間に話し合いが進行する一方で、右住民らの一部の者はそれぞれ手分けして本件予定建物の構造の詳細、原告の同建物の広告宣伝の実情、原告が東京都内各所に建築したマンシヨンとその周辺地域との関係等を調査した。その結果、本件予定建物は、原告発行の広告用パンフレツトには各戸の間取りが六畳、四畳半、台所兼食堂(いわゆる二DK)と表示されているのに対し、原告が文京区役所に提出した確認図面によると、同建物の間取りは一階ないし五階の各戸が六畳、二畳、台所(いわゆる二K)であり、六階の各戸は六畳一間と台所兼食堂(いわゆる一DK)であるうえ、右パンフレツトに表示された各戸の専有面積と右確認図面のそれとの間にも相違がある(前者の方が広い。)ことが明らかとなり、本件住民らは原告が不当表示を用いた宣伝をし、若しくは確認図面と異なる態様の工事を実施しようとしているのではないかとの疑いを抱くようになつた。また、本件予定建物分譲の広告宣伝、パンフレツトの頒布等のサービスを行つている都内の一デパートでは、従業員が来客に対し、同建物の前面に幅員六メートルの道路があり自動者の駐車も可能である旨説明していること、原告が都内高田馬場に建築したマンシヨンの近隣住民は、その工事中に住家に資材が落下して瓦が破損されたとか、ガスの供給が停止された等の不満を抱いていること等が判明し、本件住民らの原告に対する不信感、反対運動の気運が一層助長された。

8  一方、本件住民らは昭和四五年九月一五日ころ、先の原告との会合における約束に従つて環境グループ、日照グループ別に原告に対する質問、要望事項書を作成して原告に送付した。右環境グループの質問、要望事項書の要旨は、前記のような建築確認図面と広告パンフレツトの内容の相違についての説明、本件工事の具体的な工程表の提示、建築用資材置場の明示、工事用自動車による本件道路の破損を防止するための保安措置の実施、同工事により本件住民らが被ることが予想される財産的、精神的損害(建物の破損、騒音、震動等による損害)に対する補償金の預託等を求めるほか、抜本的な解決策として、本件予定建物を三階建程度のガレージ付高級マンシヨンに変更することを要求するというものであり、また、日照グループの要望書は、本件予定建物を、本件(一)土地の北側周辺に居住する住民全員が冬増の日の午前一〇時から午後二時までの間、完全に日照を享受し得る程度の建物に設計変更するとともに、環境グループと同旨の損害賠償金の預託を求めるというものであつた。

右本件住民らの質問、要望事項書に対し、原告は前同年同月二八日文書をもつて次のとおり回答し、これを本件住民ら各戸に配布した。

(一)  本件予定建物の間取りは確認図面のとおりであるが、各戸の購入者の希望により広告パンフレツトの間取りのように変更することもある(但し、絶対面積、容積には変更を加えない。)。

(二)  建築用資材置場は、本件(一)土地の南側空地部分を利用するほか、本件予定建物の解体工事完了後は一階部分の本件道路側の一戸分をこれにあて、資材を同道路に放置するようなことはない。

(三)  駐車場は本件(一)土地のスペースの関係等の理由で設置することはできないが、本件予定建物分譲契約の条項中に本件道路への駐車禁止を遵守すべき旨をそう入して、購入者に対しその趣旨を徹底させるほか、同建物の入居者で組織する自治会の活動を通じて規制を図る。右の方法によつてもなお駐車違反者が出る場合は、原告自ら警察権力による取締を求めることに尽力する。

(四)  本件道路の破損を防止するため、本件工事用資材の運搬には必要止むを得ない場合を除いて小型自動者を利用し、かつ、同道路面に厚さ約五センチメートルのコンクリート舗装を施す。

(五)  本件予定建物に引込むガス、水道については専用管を敷設し、周辺各戸に供給不足等の影響が出ないよう配慮する。

(六)  原告会社の工事監督者を現場に常駐させて下請業者の監理の徹底を図り、周辺各戸に同工事による損害が発生しないよう努める。万一、損害が生じた場合は適正額の補償をする。

なお、日照被害が予想される住民に対しては、被害の程度の調査のうえ裁判所に従つて適正な補償をする。

右のような損害賠償の担保として、本件住民らの代表者に金一〇〇万円を預託する用意がある。

(七)  本件予定建物を三階建に設計変更すると、本件(一)土地の利用度が半滅し、採算がとれないことになるので右設計変更には応じられない。

そして、原告は右回答書の中で、本件工事の遅延により原告の営業上の損害(借入金の金利負担等)が累増しつつあることを訴え、本件住民らが昭和四五年一〇月一五日までに前記鉄パイプを撤去することは求めた。しかしながら、前記のとおり本件住民ら、とくに石渡俊男ら反対運動のリーダー達の間には原告に対する不信感が支配的であつたため、同人らは原告の右回答書に示された各種の対策の実施又は(それが実施されたとしても)その実効性に疑問があるとしてこれに反発し、あくまで三階建程度のガレージ付高級マンシヨンに設計変更することを要求し、右要求が容れられない以上本件工事の施工を断固阻止する旨記載した書面(再回答書)を作成して、昭和四五年一一月五日ころ原告に送付した。右再回答書に接した原告は再度本件住民らとの会合を希望し、その旨住民らに文書で伝えたが、右住民らからは何の音沙汰もなかつた。

9  原告は、以上のような本件住民らとの間には文書交換による交渉を継続する一方で、とくに日照グループに含まれる住民らに対しては、六階建建物の建築を前提とし、よつて生ずる損害については金銭補償額で解決するとの意向のもとに、昭和四五年一〇月三日、同月一四日、同年一一月八日、同月二三日の四回に亘つて同グループの住民一〇数名と会合の機会をもつたが、右住民らは木造二階建程度の建物に設計変更することを要求して譲らず、結局原告が具体的な金銭補償額を提示するに至らないまま、話し合いは物別れに終つた。

10  このように、原告と本件住民らとの話し合いは膠着状態に陥り、打開の目途が立たなかつたことから、原告会社首脳陣の間にも本件予定建物の建設は困難であるとの認識が芽生えはじめ、現に前記昭和四五年一一月二三日の日照グループとの会合において、これに出席した原告会社社長長沢田五郎は、本件工事の施工を断念し、本件(一)土地を他に処分する意向もあることをほのめかした。更に右会合の日から数日後、野原千秋は前記仮処分事件の債務者たる被告石渡千瀬の代理人平田弁護士(同弁護士は実質的には環境グループの代弁者的な立場にあつた。)のもとを訪れ、原告としては本件予定建物の建築計画を白紙に戻し、同土地を他に処分する方針も検討する意向であるが、本件道路に鉄パイプが打設されている状態では右処分交渉を推進するうえでも支障があるので早急にこれを撤去して欲し旨い申し入れるに至つた。そして、右申し入れの内容は平田弁護士を介して石渡俊男らに伝達されたが、原告に対する根強い不信感を抱いていた同人らは、右申入れは原告の欺瞞工作であるとしてこれを拒否した。

11  かくして、原告は昭和四五年一二月一五日、本件住民らのうち、予め興信所に依頼した調査結果により本同盟に加入しているものと目される者三九名(うち三二名は本件の被告である。)を債務者として、当庁に対し前記仮処分と同趣旨の仮処分を申請した(右仮処分の申請がなされたことは、原告と被告桜井均を除くその余の被告らとの間においては争いがない。)。右仮処分手続においては数回に亘つて審尋期日が重ねられ、原告と本件住民らの代表者との間に更に話し合いの機会が持たれたが、右当時原告は、本件(一)土地の購入資金の融資を受けた訴外東京信用組合からその返済を迫られ、右借受金の金利負担も累積してきたこと、本件予定建物の一部につき既に分譲契約は締結しており、本件工事の施工がこれ以上遅延した場合には営業上の信用が毀損される虞れがあつたこと、既に一部の工事請負業者に手付金を交付していたことなどから、本件工事の早期着工を迫られていたため、止むなく昭和四六年一月二六日の審尋期日において従来の六階建を四階建(二三戸)に設計変更(最高の高さ一二メートル、建ぺい率53.6パーセント、容積率二〇八パーセント)する旨の和解案を提示し(右和解案が提示されたことは、原告と被告桜井均を除くその余の被告らとの間においては争いがない。)、併せて、右設計変更どおりの工事が施工されれば日照侵害がある程度緩和されること、資材置場のスペースが僅少で足ること、資材運般は小型自動車によつても可能になり、本件道路破損の虞れが減少すること、基礎打ち工事が不要になり工期も短縮されるため騒音、震動の被害も軽減されることなどを示して、本件住民らの受諾を求める一方、日照グループの住民らに対しては、被告斉藤律子に金四〇万円、被告牧島金男に金三〇万円、被告川原みよに金一五万円、被告木村四郎に金一〇万円、被告龍野慶愛、訴外小桜某に各金五万円の補償金を提示し、右住民らがこれを拒否すると、右補償金の額は担当裁判官の裁量に委ねる旨の提案をした。そして、原告はこれらの提案と併行して、四階建建物設計画実行の準備に着手し、設計図面を再度作成したうえ、昭和四六年三月一五日文京区役所に対しその建築確認をした。しかしながら、環境グループの住民らはいずれも従前の主張を固持して原告の右和解案を受諾せず、また、右住民らの一部が原告から本件(一)土地を買取るとの提案も買取金額の点で折り合いがつかなかつたため、結局原告と本件住民らとの話し合いはまたしても不調に終つた

12  かくして、当庁は昭和四六年四月一五日前記三九名の住民らに対し、原告が三三番の五、一八、一九の各土地を通行使用することを実力を以て妨害してはならない旨の仮処分決定をし、右決定正本はそのころ右住民らにそれぞれ送達された。しかしながら、本件住民らのうち、これまで反対運動の主導的役割を果してきた石渡俊男、被告伊藤英一、同増田益夫、同牧島金男、同佐藤隆義を含む本件住民らのうち七、八名は、右仮処分決定後も原告の本件工事の施工にあくまで反対するとの姿勢を崩さず、共謀のうえ、前記鉄パイプを存置したまま更に本件傾斜面の登り口部分(本件公道寄り部分)に鳥居型鉄パイプを設置して、原告の工事用自動車の本件道路の通行を阻止することとし、その工事の実施は既設の鉄パイプと同様、被告佐藤隆義が道路開発の従業員に命じてこれにあたらせることになつた。右鳥居型鉄パイプは被告伊藤英一の考案にかかるもので、直径6.5センチメートルの鉄製パイプ二本(高さ2.21メートルのものと2.29メートルのもの。)を並列に立て、その最上部及びそこから五四センチメートル下部に同口径の長さ2.735メートルの鉄パイプをそれぞれ渡して鳥居型に組み込み、これに「この道路は私道につき藤沢建設並びに関係者の駐停車を禁ず。このガードレールを破損したものは刑法二六一条により告発する。藤沢コーポ建設反対同盟。」と記載した看板を前記の通り横に渡した二本の鉄パイプの間に取り付けたものであり、積載量二トン程度のトラツクがその下は通過しようとすると、その運転台が横に渡された鉄パイプにつかえ、また、大型三輪自動車(その最高の高さは一般に1.90メートルから1.98メートル)でも、その下を通り抜けができないよう設計工夫されていた。そして、石渡俊男、被告伊藤英一、同牧島金男、同増田益夫らは、測量士に依頼して本件道路を構成する各土地の範囲を測量調査させたうえ、被告佐藤隆義の命を受けた道路開発の従業員を指揮して、前記仮処分決定に指定された三筆の土地の範囲外と目される位置に右鳥居型鉄パイプを打設させ(本件(三)妨害行為)、さらに、右鉄パイプの位置から本件公道側に寄つた本件道路の中央部に本件中央鉄パイプを移設させた。

なお、右鳥居型鉄パイプの設置工事の際には、石渡俊男、被告佐藤隆義を除く前記三名の被告らのほか本件住民らのうち数名(合計約一〇名)がこれに立会つた。

ここに至つて原告は、自動車の駐車放置にはじまり鉄パイプ柱列、鳥居型鉄パイプの各設置と続く本件住民らの一連の妨害行為に加えて、前記のような交渉過程において同住民らが一貫して崩さなかつた強硬姿勢及び右交渉の場で同住民らの一部から、「本件工事を強行するなら(本件道路に)座り込む。警察を呼ぶなら呼べ。」などの激しい発言もみられたことなどから判断して、仮に原告が本件工事を強行した場合には、本件住民らの抵抗を更に拡大させ、収拾し難い事態を招来するものと考え、遂に昭和四六年四月ころ止むなく本件工事の施工を断念し、この結果不要になつた本件(一)土地を同年七月一二月訴外脇坂勝弘に代金三二〇〇万円で売却するに至つた。

三被告らの不法行為の成否

1被侵害利益

原告は、本件道路を構成する各土地のうち本件(二)及び(三)土地につき、原告が通行地役権を有していた旨主張するが、右通行地役権の有無についての判断はしばらく措くとしても、本件(一)土地が袋地であり、同土地から最寄りの公道に至るためには本件道路を利用することが必要かつ便宜であることは前記のとおりであるから、原告は同土地の所有者として同道路につき囲繞地通行権を有していたことは明らかである。ところで、囲繞地通行権はもともと袋地の利用のため、囲繞地の利用を制限するものであるから、その範囲は袋地利用に必要でかつ囲繞地のために最も損害の少ない限度で認められるべきであり(この点は民法二一一条の明定するところである。)、その限度は結局社会通念に照し、附近の地理状況、袋地、囲繞地各所有者の利害得失、その他諸般の事情を考慮したうえ、具体的事情に応じて判断すべきものである。これを本件についてみると、本件道路は幅員約五メートルないし六メートルの道路の形状をなした土地であるから、単身歩行して通行するには十分すぎる広さがあるけれども、本件(一)土地は前記の地積、附近の環境に照せば住宅地として適当な土地であることが明らかであるところ、近時における自動車保有の普及度は著しく、かつ、社会生活の機能を維持するうえで自動車の果す効用が飛躍的に増大してきていることに鑑みれば、本件(一)土地の利用に伴つてその所有者及び関係者の自動車による道路の通行が不可欠である。他方、同道路は、前記のとおりすでに大正年代に開設され、爾来周辺住民及び一般人の通行の用に供されてきたものであつて、その形状からみて通行の場所とする以外にほとんど使用価値がないばかりでなく、後記のように建築基準法の通用を受ける道路としてその使用が極めて限局されているのであるから、同道路を構成する各土地の所有者らは、その全部を通行されても特段の不利益を被るものとは考えられないし、更に、同道路周辺住民の安全、衛生維持のため消防自動車、屎尿汲取自動車等の出入を確保すべき社会的要請もまた無視することはできない。以上のような諸点を併せ考えれば、原告は本件(一)土地の所有者として本件道路の全部につき囲繞地通行権を有していたものというべきである。

のみならず、本件道路が建築基準法の適用がある道路であることは前記のとおりであるところ、このような道路は、建築規制の面からとはいえ、避難又は通行の安全のため敷地又は建築物との関係につき条令で制限を設けたり(同法四三条二項)、特定の物を除き建築物を建築し又は敷地造成のため擁壁を築造することが禁ぜられ(同法四四条一項)、道路の変更又は廃止につき制限することができる(同法四五条)など私権の行使に制限が加えられているうえ、右道路はまた、道路交通法にいう道路と解せられるから、交通の妨害となるような行為が禁止され(同法七六条)、その使用に各種の制限が加えられている(同法七七条)などの諸点を考え併せると、私道とはいつても専ら一般人の通行の用に供せられるものであり、従つて何人ものその所有者又は管理者の許可を要することなく、自由にこれを通行し得るものというべきである。もとより、右のような道路に対する一般人の通行の自由は、建築基準法、道路交通法等の公法的規制によつて一般人が反射的に享受し得る利益であつて私法上の権利ではないけれども、右利益を違法に侵害された者に対して、不法行為規範に基づく救済が与えられるべきことは疑いを容れないところである。

2侵害為行

しかして、前記認定のとおり、本件(一)ないし(三)妨害行為が原告の前記のような本件道路の囲繞通行権及び通行の利益を侵害し、原告が同道路を利用して行う本件工事の施工を妨害するものであることは明らかであるが、被告らは、右各妨害行為は、本件住民らに対して事前に一片の挨拶もなく、欺罔手段を弄してまで同住民らの生活利益を侵害する違法建築を強行しようとした原告の行為に対して、同住民らの一部が右利益を守るため止むことを得ざるに出たものであり、かつ、その手段において相当であるから違法性を阻却する旨主張する(その詳細は被告らの主張に記載のとおり。)ので、以下この点について判断する。

(一)  本件工事の施工及び本件予定建物により本件住民らが被る生活上の不利益

(1) 日照被害について

<証拠>によれば、本件予定建物(六階建)が完成すると、本件(一)土地の北側区域に存在する各住家の日照に対する影響は、年間を通じて太陽の南中高度が最も低い冬至の午前九時から三時の間において、次のとおりであることが認められる。

本件(一)土地のすぐ北側に位置する被告斉藤律子の住家(被告牧島金男本人尋問の結果によれば、右住家の建つている位置は同土地と北側隣地との境界線から約五メートルないし六メートルの距離があることが認められる。)は、午前九時から午後三時までの間同建物の北側部分に僅かに日照が得られるのみとなる(とくに、午前一一時から午後一時までの間は同建物全体が日影に覆われる。)一方、被告斎藤律子の西隣に存る被告牧島金男の住家は、午前九時から同一二時までの間は建物全体が日影に覆われるが、午後零時以降はほぼ完全な日照が得られ(なお、同建物全体としては午後零時以降東側ないし南側の僅かな部分が日影に覆われる。)、被告牧島金男の住家の更に北側に位置する被告川原みよの住家は午前中南側部分を中心に日影に覆われるが、午後零時以降は完全な日照が得られる。また、右被告川原みよ宅の東側に位置する被告木村四郎の住家は、午前中一時南西側部分の、午後からは南側の僅かな部分が、被告桜井均、同池田修の各住家は午前九時の時点において建物全体(但し、被告池田修の住家はその一部のみ。)がそれぞれ日影に覆われるのみで、その余はいずれも完全な日照が得られる(なお、<証拠>によれば、本件予定建物を四階建に設計変更した場合の日照の影響は、被告斎藤律子の住家については六階建の場合と略同様であるが、その余の右被告らの住家については六階建の場合よりも更に少なくなることが認められる。他方、本件予定建物が、右に掲げた被告らを除くその余の本件住民らの住家の日照にどのような影響を与えるかについては、これを確認し得る証拠がない。)。

右認定事実によれば、本件(一)土地周辺の前記のような地域性を考慮した場合、受忍限度を超える日照被害を被ると考えられるのは被告斎藤律子のみであり、その余の右被告らの日照被害は受忍限度を超える程度のものとはみなし難い。しかも、<証拠>によれば、本件(一)土地と同土地の北側に隣接し、被告斎藤律子の住家の存する土地との間の段差は約二メートルであり(同土地が低地となる。)、かつ、同土地の南端は本件(一)土地北端の東寄りの部分と相接しているため、同土地上に二階建程度の建物が築造された場合でも、その建築位置・面積、構造いかんによつては、晩秋から早春にかけて同被告の住家は右隣接建物によつてほとんど日照を得ることができないことが認められ、同住家は、日照の享受という面ではもともと不利な立地条件にあること、前記のとおり、本件(一)土地周辺は、建物の容積率制限三〇〇パーセントの地域であつて、人口の過度集中に対処し、機能的な都市生活を確保するためには、将来住家の高層化は不可避であると考えられ、現に、同土地の位置する大塚二丁目にも四階建以上のマンシヨンが存在し、また、同土地から一キロメートルの距離の範囲内には四階建以上の建物が密集している地域もあることなどに鑑みれば、前記のような被告斎藤律子の日照被害は(原告に対する損害賠償請求権の成否は別論として)、著しく受忍限度を超えるものであるとは断じ難い。

(2) 本件道路破損の危険性について

本件傾斜地の地中には比較的浅い位置にガス管、水道管が埋設されていることは前記のとおりであり、<証拠>によれば、原告が本件工事の施工を断念した後、本件(一)土地を原告から買受けた脇坂勝弘が同土地上に二階建建物の築造工事を施工した際、右工事用資材の運搬車の通行によつて右傾斜地地中のガス管が破損し、付近にガスが漏出するという事故が発出したことが認められ、右事実からすれば、原告が本件道路につき格別の保安対策は講じないまま、本件工事施工のため資材運搬者(とくに大型車)を頻繁に往復させた場合、右同種の発生する客観的な虞れが一応存在したことが推認される。しかしながら、仮に原告の本件工事施工の過程で右のような事故が発生するとしても、それが本件住民らにどのような規模、程度、態様の実害をもたらすものであるかを確認し得る証拠はなく、また、原告と本件住民らとの交渉の過程で原告が提案したように、本件道路に約五センチメートルのコンクリート舗装が施された場合でも、なおかつ同種事故の発生が客観的に予測され得たことを認め得る証拠もない。

(3) 騒音、震動、交通渋滞、崖崩れについて

本件予定建物は、当初予定においては、鉄筋コンクリート造六階建、延建築面積975.85平方メートル、工期約五か月半を要する工事であり、その規模、内容及び同建物の建築位置と隣接地との距離関係<証拠>によれば、同建物の建築位置は四階建の場合、北側隣接地との境界線まで1.08メートル、南側隣接地とのそれまで4.30メートル、東側隣接地とのそれまで0.30メートルないし0.63メートルであることが認められるが、六階建の場合もこれと略同様であると考えられる。)からみて、原告が最善の注意を尽したとしても、右工事に伴う騒音及び震動が近隣各戸及び本件住民らに何らかの影響を与えることは不可避であると考えられるが、その影響が受忍限度を超えるものであることを確認し得る具体的な資料は存しない。

また、<証拠>によれば、本件工事期間中、ミキサー車等の大型自動車延べ約三〇〇台のほか、相当台数の資材運搬用小型自動車が本件道路を往復することが予定されていたことを認めることができ、右認定事実と前記のような同道路の態様、幅員等に鑑みれば、右期間中他の人車の通行にある程度の支障が生ずることは十分予測されるところであるけれども、それが同道路の交通の安全を著しく阻害する事態を招くことを認めるに足りる的確な証拠はない。なお、被告らは、本件(一)土地内には工事用資材置場に充てる十分なスペースがないため、右資材を本件道路上に放置することが避けられず、これによつて同道路の交通渋滞が助長されると主張するが、原告が本件工事の施工に当つて、同土地の南側空地部分(隣接地との境界線まで約4.30メートル。)及び本件予定建物一階部分の一室を右工事用資材の置場に充てる予定であつたことは前記のとおりであり、かかる置場の面積をもつとしても所要材料の収容が不可能であることを認め得る証拠はない。

更に、被告らは、本件工事の施工によつて、本件(一)土地の北縁に沿つて築造されているコンクリート塀又は同土地とその北側隣接地との間の段差部分が倒壊又は崩壊すると主張するが、各事態が発生する具体的、客観的な危険性が存したことを認めうるに足りる証拠もない。

(4) その余の損害について

被告らは、右のほかにも、本件予定建物の入居者がその保有する自動車を本件道路上に駐車させることによる同道路の交通の渋滞、同建物にガス、水を供給することによる近隣住家への供給不足等の日常生活上の不利益が生ずると主張するが、原告は、前者については同建物の購入者との分譲契約に駐車禁止を明記し、入居者で組織する自治会の活動を通じて規制する意向であつたこと、後者については、同建物のためガス、水道専用管を敷設する予定であつたことは前記のとおりであり、かかる措置が講じられたとしても、なおかつ、本件住民らの円滑な日常生活を阻害する事態の発生が不可避であつたことを認め得る証拠はない。

なお、前記二5(二)(4)のような本件住民らの危惧については、本件予定建物は当初計画でも三二戸であり、その全戸に入居者があつたとしても、それだけで右住民らの受忍限度を超える喧噪が発生するものとは考え難いし、また、右入居者により本件(一)土地周辺の美観が著しく損われるような特段の事情が存在したことを認め得る証拠もない。

(5) 確認図面とパンフレツトに表示された間取り図との相違について

原告が文京区役所から建築確認を受けた本件予定建物の設計図面表示の間取りと原告が同建物の販売宣伝用に作成したパンフレツト表示のそれとが相違していることは、前記のとおりであるところ、被告らは、本件工事が右パンフレツトに表示された間取り図に従つて施工されるすれば建築基準法に違反する旨主張するが、原告が右パンフレツトの間取り図に準拠して同工事を施工するとの確定的な意向を有していたことを認め得る証拠はない。のみならず、仮に原告が確認図面と異る間取り仕様の工事を施工し、それが違反建築物とみなされる場合があり得るとしても、右違反が本件住民らの生活利益にいかなる影響を及ぼすことになるかについては、本件全証拠によつてもこれを明らかにすることができない。

(6) 以上によれば、原告の本件工事の施工及び本件予定建物により、本件住民らが受忍限度を著しく超える程度の生活上の不利益を被るものとは認め難い。

(二)  原告の本件工事着工の態様

まず、被告らは、原告が本件住民らに一片の挨拶もなく本件(一)土地にブルドーザーを乗りつけて整地工事に着手し、その騒音と震動により本件住民らを驚がくさせたと主張する。原告会社営業部員が本件(一)土地の整地工事に着手するに先立つて、同土地北側周辺の住家数戸には着工の挨拶に赴いたものの、本件住民らの住家全戸に挨拶廻りをするに至らなかつたこと、右整地工事の際ブルドーザーが同土地近隣各戸に与えた騒音、震動の影響が相当甚大であつたこと、は前記のとおりであるが、道義上の問題は別論として、原告が同土地周辺の全戸に事前の挨拶をすることなく右工事に着工したからといつて、右着工が社会生活上の秩序に反するものとは到底みなし難いし、また、右騒音、震動も一日限りのものであつて忍ぶに難くないというべきである。

また、被告らは、原告会社従業員が本件工事の着工に先立ち、被告石渡千瀬に対し、本件(一)土地上に原告会社社長の居宅を築造する旨虚偽の事実を告げて同被告を欺罔し、本件傾斜地の掘削工事着工の承諾書に署名押印させたと主張し、<証拠>には右主張に沿う供述部分がある。ところで、右供述部分は、もともと被告石渡千瀬からの伝聞にかかるものであるが、前記認定のとおり、被告石渡千瀬に対して本件傾斜地の掘削工事施工の承諾書に署名押印を求めたのは、原告への本件(一)土地の売主である井関農機の担当者仙波賢三であつて、<証拠>によれば、同人は右の際同被告に対して、同土地上に原告会社社長の居宅が築造されると述べた事実はないことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。してみると、<証拠>は、被告石渡千瀬若しくは同訴外人の何らかの過誤に基づくものと考えざるを得ない。

従つて、原告の本件工事の着工につき、咎められるべき特段の事情があつたものということはできない。

(三)  本件(一)ないし(三)妨害行為の目的、態様

本件(一)ないし(三)妨害行為の目的及び具体的態様は、およそ本件道路を利用する一般人の通行妨害ではなく、専ら原告の本件工事の施工を妨害することを目的とし、いずれも容易に移動又は除去できない強固な障害物を設けて原告の本件(一)土地への工事用資材の搬入を妨害するものであるが(もとより、右資材の搬入が物理的、技術的に全く不可能になつた訳ではないが、少くともその円滑な遂行を著しく阻害するものである。)、就中同(三)妨害行為は、約九か月にわたつて同(二)妨害行為が継続され、裁判所が、実力を用いた本件件道路の一部の通行妨害を禁止する旨の仮処分命令を下した後になされたものであり、しかも二トン積程度のトラツクさえもその通行を阻止すべく巧妙に設計された工作物を設置するものであつて、きわめて悪質かつ執拗な妨害行為といわざるを得ない。

(四)  原告及び本件住民らの交渉態度について

前記認定のように、原告は本件住民らとの紛争解決のためにかなり精力的に交渉の機会を持ち、同住民らが示した問題点に対しても具体的に、実行可能な対策案を提示し、とくに、交渉の最終段階においては、本件予定建物を六階建から四階建に設計変更すること、日照被害者に対する補償額は裁判官の裁量に委ねることなど、営利会社としては可能な限りの譲歩案を提示しているのであつて、かかる事実からすれば、原告には本件住民らの生活利益に対する害意がなかつたのはもとより、かえつて、右利益の保護に配慮を尽す意図を有していたものというべきである。

他方、本件予定建物を二階建又は三階建に設計変更をすべき旨の本件住民らの要求は、十分な判断資料もないままに各自が想定した「生活利益の侵害」を根拠とし、かつ、営利会社たる原告の採算を全く無視するものであるうえ、その要求(とくに、三階建のガレージ付高級マンシヨンに設計変更すべきとする環境グループの要求)の根拠には、低所得者層に属する者達が同住民らの周辺に居住することを嫌悪するという独善的意識が潜んでいることが窺えるのであつて、到底正当な要求とはみなすことはできないし、また、本件住民らが原告に対して抱いていた不信感というのも、必ずしも合理的な根拠を有するものではない(例えば、前記のとおり、原告会社従業員が石渡千瀬を欺罔したというのも事実に反するし、デパートの売場での広告宣伝担当者(それが原告会社従業員であるか否かも明らかでない。)の説明も、それだけでは、原告が本件道路への自動車の駐車を勧奨しているとのが都内の裏付けにすることは難しい。また、原告他所でマンシヨンを建設した際、その近隣住民との間で若干の紛争が生じたからといつて、直ちに本件予定建物の建設にあたつても同様な紛争が生ずるとはいえないことは論を俟たない。)。

以上(一)ないし(四)に考察したところを総合して考えれば、本件(一)ないし(三)妨害行為は、客観的にみて社会生活上許容される程度、範囲を著しく逸脱するものであつて違法というべきであり、これに反する前記被告らの主張は採用の限りでない。

また、原告の本件請求が公序良俗若しくは信義則に違反し、又は権利濫用に該る旨の被告らの主張も、右に考察したところに鑑みれば到底肯認することはできない。

3因果関係

右のとおり、本件(一)ないし(三)妨害行為はいずれも客観的に違法と評価されるべきものであるが、原告が本件において賠償を求める損害は原告が本件工事を中止したことによるそれであるから、次に右各妨害行為と右工事中止との間の相当困果関係の存否について検討する。

まず、前記認定事実に照らせば、原告が本件工事の施工を断念するに至つたのは、これを阻止しようとする本件住民らの一部の者の反対運動が主要な要因であつたことは明らかであり、その反対運動の核心をなすのが物理的手段を用いた一連の本件(一)ないし(三)妨害行為であつたこともまた疑いを容れないところであつて、原告が同工事の施工を断念したのは、専ら同工事が営利会社としての採算に合わなかつたためであるとする被告桜井均を除くその余の被告らの主張は採用できない。

もつとも、前記各妨害行為のうち本件(一)妨害行為は、それが結果的に原告をして本件工事の施工を断念させる一つの要因(本件住民らの本件工事を阻止しようとする強固な意思を判断させる一つの資料)となつたことは否めないとしても、右妨害行為は、本件住民らの一部が反対運動の明確な方向も定まつていない最も初期の段階において、とりあえず工事用自動車の本件(一)土地への乗り入れを防止して原告との間に話し合いの場を設けることを目的としてなされた一時的手段(現に、右妨害行為は一週間ないし一〇日間で終熄した。)であつて、右妨害行為に関与した住民らにおいて終局的に本件工事の施工を断念することを予見し又は予見し得たことを認め得る証拠はない。

これに反して、本件(二)妨害行為は、本件住民らの一部が鉄パイプ一〇本を固定的に本件道路に打設したものであつて、原告の本件工事の施工に対し長期的かつ強固な反対運動を展開しようとする同住民らの意思がここにおいて具現されたとみるべきであるから、右行為に関与した住民らは、最終的に原告が同工事の施工を断念することもあり得ることを予見すべきであつたといわなければならない。まして、本件(三)妨害行為は、約九か月にわたる原告と本件住民らとの交渉においても解決点を見出すことができず、原告代表者においても右交渉の席上、本件工事の施工を断念することもあり得る旨の意向をほのめかした後になされたものであつて、右行為に関与した者は当然に原告の同工事の施工中止を予見し得たというべきである。

してみると、原告の本件工事中止と相当因果関係を有する妨害行為は本件(二)及び(三)妨害行為の二つとみるべきであり、かつ、これらの目的を一にする一連の行為は相関連共同して一個の不法行為を構成するものと解すべきであるから、右各妨害行為に関与した者は民法七〇九条、七一九条に基づき、各自同工事の中止により原告が被つた損害を賠償すべき責を負うといわなければならない。

4被告ら各自の責任

本件被告らのうち、本件(二)及び(三)妨害行為の実行に関与したことが証拠上認められる者の氏名は、前記二の事実認定において表示したとおりであるが、これを整理すると以下のとおりである。

(一)  本件(二)妨害行為

被告伊藤英一、同増田益夫、同牧島金男、同池田修、同佐藤隆義(以上実行の謀議及びその指示)、同中家忠行、同斎藤律子(以上実行の共謀)。

(二)  本件(三)妨害行為

被告伊藤英一、同増田益夫、同牧島金男、同佐藤隆義(以上実行の共謀及びその指示)

この点に関し、原告は、被告石渡千瀬は石渡俊男と共謀し又は同人を教唆したうえ、同人をして右各妨害行為を実行させたものである旨主張するところ、同人が本同盟の中心メンバーとして右各妨害行為の実行について主導的役割を果してきたことは、前記認定事実から明らかであるけれども、同人の右各行為が同被告との共謀又は同被告の教唆に基づくものであることを認め得る証拠はない。

また、原告は、右に掲げた被告らを除くその余の被告ら(但し被告斎藤律子を除く。)も、間接的に本件(二)及び(三)妨害行為の実行を支援してこれを幇助したものである旨主張する。

なるほど、本件(二)妨害行為の実行に先立つて本件住民らのうち一二、三名が石渡俊男宅で会合し、その謀議をこらしたこと、本件(三)妨害行為の実行にあたつても同住民らのうち七、八名の間に謀議が交されたほか、その実行(鳥居型鉄パイプの打設)の際には約一〇名の住民がこれに立会つたことはいずれも前記認定のとおりであるが、右のような行為に関与した本件住民らのうち証拠上その氏名が特定できるのは、右(一)、(二)に掲げた被告らのみであつて、その余の被告らの誰がこれに関与したかを明らかにすることはできない。他方、<証拠>によれば、本件住民らの一部は本件工事に対する反対運動を展開する過程で、その対策協議のため数回にわたつて会合をもち、その都度顔ぶれを異にする一〇数名が出席したことが認められ、<証拠>によれば、被告池田良太郎、同河野美正九も右数回の会合のいずれかに出席した事実が認められるが、同被告らがとくに本件(二)又は(三)妨害行為の実行が謀議された会合に出席したことを確認し得る証拠はない。また、<証拠>によれば、本件(二)妨害行為の実行を企画した本件住民らの一部は、これに先立つて被告河野美正九に右実行につき相談を求めたことが認められるけれども、その際同被告が賛意を表したか否か、同被告の意見が右行為の実行を容易にしたか否かを確認し得る証拠もない。

その他、以上に掲げた被告らを除くその余の被告らが、間接的にせよ、本件(二)又は(三)妨害行為の実行に関与したことを認め得る証拠はないから、結局本件被告らのうち本件不法行為責任を負う者の範囲は前記(一)、(二)の七名に留めるほかはない(以下、右七名を「有責被告ら」という。)。

四損害

1逸失利益

前記二及び三で認定した事実によれば、原告の本件予定建物(六階建)の建築は違法とは認められず、原告は同建物を分譲することによつて正当な利益を得べきものであつたところ、本件(二)妨害行為を背景とする本件住民ら(但しその一部で有責被告ら全員を含む。)の不当な反対運動により、本件工事の遅延を余儀なくされたこと、このため、原告はその円滑な営業活動の遂行に支障を生じ、同工事の早期着工を迫られたことから、止むなく同建物を六階建から四階建に設計変更することとし、その準備に着手したこと、しかしながら、本件住民ら(但し、その一部で有責被告らのうち四名を含む。)は右設計変更にかかる建築計画をも容認せず、右妨害行為を継続したばかりか、更に強硬な手段に訴えて本件(三)妨害行為に及んだため、原告は最終的には右建築計画も放棄せざるを得なかつたことが明らかでであつて、右一連の経過に鑑みれば、原告は有責被告らに対し、本件予定建物を完成し、これを分譲した場合に得べかりし利益を逸失利益として請求できるものというべきである(右逸失利益が本件工事の中止により通常生ずべき損害であることは明らかである。)。

しかして、<証拠>によれば、原告は六階建の本件予定建物を建築完成していれば、その全戸(三二戸)を本件(一)土地の共有持分権とともに他に分譲し、総額金一億一八〇九万円の売上金を得ることができたものと推認され、他に右認定を左右し得る証拠はない。

他方、原告が井関農機から本件(一)土地を買受けるために支出した金員は、売買代金三四〇〇万円(この点は前記認定のとおり。)、売買仲介手数料金一〇二万円、所有権移転登記手続の手数料金一万五六〇〇円、登録免許税金六五万四〇〇〇円(この点は後記認定のとおり。)であり、また、<証拠>によれば、原告が本件予定建物の建築及び販売のために更に支出を予定していた諸経費で、本件工事の施工を中止したことによりその支出を免れたもの(但し、同工事の施工を中止するまでに既に現実に支出した費用も一部あり、これら支出を損失費用とみるべきことは後記のとおりである。)は、建築関係者(設計費、本件(一)土地上の旧建物撤去費、整地工事費、建築費、仮設費、駐車場経費、補修費)金五一六六万円、販売関係費合計金六二六万円(広告宣伝費金三五四万円、販売手数料金七一万円、現金値引分金一六六万円、雑経費金三五万円)、支払金利及び一般管理費金一一八一万円、本件予定建物の建築に伴なつて本件(一)土地の隣接地に居住する住民らに生ずべき損害への補償金二〇〇万円であることが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

してみると、原告が六階建の本件予定建物の建設計画を中止したことによる逸失利益は、前記予定売上高金一億一八〇九万円から右のような現実に支出し又は支出を免れた諸経費の合計額金一億〇七四一万九六〇〇円を控除した金一〇六七万〇四〇〇円となる。

2損失費用

(一)  <証拠>によれば、原告は本件工事の中止に至るまでに、本件(一)土地の購入経費、同工事の施工、本件予定建物の販売の各準備費として、請求原因5(一)(1)ないし(9)及び(12)記載の各費用(但し同(一)(3)に「金一四万円」とあるのを「金一四万三〇〇〇円」と訂正する。)合計金八〇七万七六〇〇円を支出したことが認められる(なお、同(一)(2)の「図面作成費」とは、本件予定建物の販売用カタログに掲載する同建物の図面作成費用である。また、同(一)(12)のうち「所有権移転登記等」とは、本件(一)土地の所有権移転登記のほか、原告が同土地購入に際して東京信用金庫から融資を受けた金四〇〇〇万円の借受金債務を担保するため、同土地につきいわゆる仮登記担保権、抵当権を設定したことによる所有権移転請求権仮登記、抵当権設定登記であり、「金六六万九六〇〇円」の内訳は、右各登記手続事務を委任した司法書士津田高鋪に対する手数料が金一万五六〇〇円、右各登記手続に伴う登録免許税金六五万四〇〇〇円の合計額である。)。

(二)  <証拠>によれば、原告は昭和四五年六月一八日東京信用金庫から金四〇〇〇万円の融資を受け、その全額を本件(一)土地の購入代金三四〇〇万円、右認定にかかる請求原因5(一)(12)の仲介手数料、司法書士の手数料、登録免許税、同5(一)(6)及び(7)の請負工事業者への契約手付金、その他本件工事の準備に要する費用のため支出したこと、右借受金の約定利息は年九分であり、原告は右金四〇〇〇万円に対する前同日から昭和四六年五月三一日まで同利率の割合による利息金三四三万一二八〇円を支払つたことが認められる。

(三)  <証拠>によれば、原告が本件工事中止までの間に本件予定建物の販売準備のため支出した広告宣伝費は別表記載のとおり合計金一一七万一五六六円であることが認められ、<証拠>のうち同表と金額を異にする部分は信用できず、また、同号証記載のうち「DM(ダイレクト・メール)」「パース画」「パース複写料金」「カタログ」の各費用については、その支出を確認し得る証拠もその支払いの請求を受けたことを認め得る証拠もない。

(四)  右(一)ないし(三)により原告が支出したことを認め得る諸費用(但し、請求原因5(一)(8)及び(9)の費用を除く。)は、いずれも分譲用マンシヨンの建築を目的としてその敷地を購入し、右建築計画の実行に着手した営利会社が通常支出する費用であり、原告は本件工事の中止により右各諸費用相当額の損害を被つたものというべきである。

また、前記二で認定したような本件住民らの一部が本件(二)妨害行為に及ぶに至つた経緯に鑑みれば、同妨害行為に関与した住民ら(有責被告ら全員を含む。)は、原告に当初計画(六階建建物の建築計画)の大幅な設計変更を要求し、右要求が受け入れられない限り、仮に原告が一部設計変更に応じたとしても本件工事の施工を阻止する意向であつたことが推認され、他に右認定を左右し得る証拠はない。右認定事実によれば、有責被告らは本件(二)妨害行為に関与するにあたつて、原告が右当初計画の変更を余儀なくされること、その変更計画が右被告らの要求に沿わない場合は、原告は最終的に右変更計画をも放棄せざるを得ないことを予見し得たものといわなければならない。そうとすると、前記認定にかかる請求原因5(一)(8)及び(9)の費用相当額(右各費用も本件工事の中止により空に帰したものである。)も特別事情による損害である。

3違約金

<証拠>によれば、原告は本件予定建物を完成させることを条件に、新田正との間に同建物の一部である六〇三号室につき分譲契約を締結していたが、本件工事を中止したことから右契約上の債務の履行が不能になつたため、改めて昭和四六年四月三〇日同人に対し、原告が東京都中野区南台三丁目五八番四号に建設したマンシヨンの一室を代金三六五万円で売却し、その際右債務不履行による違約金として右売買代金から金三五万円の値引を余儀なくされたことが認められる。

右のような違約金は分譲用マンシヨンの建設計画の実行に着手してこれを中途で放棄した営利会社が、通常支出を余儀なくされる費用であるから、原告は本件工事の中止により右違約金と同額の損害を被つたというべきである。

4土地の売買差額

原告は本件予定建物建設の目的で本件(一)土地を代金三四〇〇万円で井関農機から買受けたが、本件工事を中止したことから同土地を保有しておくことが無益となり、これを脇坂勝弘に代金三二〇〇万円で売却したこと、本件(二)妨害行為に関与した有責住民らは原告の同工事の中止を予見し得たことは前記のとおりであり、また、前記のような同妨害行為に至る経緯に鑑みれば、右住民らは原告が同建物を建築する目的で同土地を購入したことを知つていたものと推認されるから、右住民らは、原告が同工事を中止した場合は、同土地を他に処分するに至ることを予見し得たものといわなければならない。してみると、前記本件(一)土地の売買差損金二〇〇万円は特別事情による損害とみるべきである。

五結論

以上のとおりであるから、原告の有責被告らに対する本件各請求は、不法行為に因る損害賠償として、逸失利益金一〇六六万円(但し請求額)、損失費用金一二六七万七四四六円(但し、本件(一)土地上の旧建物解体費用については請求額)、違約金相当額の損害金三五万円、本件(一)土地の売買差損金二〇〇万円の合計金二五六八万七四四六円及びこれに対する本件不法行為後の日である昭和四六年一〇月二四日から支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の連帯支払いを求める限度においていずれも理由があるからこれを認容すべきであるが、原告の同被告らに対するその余の各請求及び同被告らを除くその余の被告らに対する各請求はいずれも失当として棄却を免れない。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(大和勇美 矢崎秀一 小池信行)

別紙 本件(一)土地付近の略図<省略>

別表 広告宣伝費 <省略>

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